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父と母の闘病生活とわたし

父はがん・母は白血病で他界。闘病生活を送っている両親の気持ちや両親を支える(介護)する家族の実話

闘病生活

母 また入院

輸血の日で病院に行ったら37.9の微熱があり緊急入院しました。 「とにかく数値がみんな低いので本人の免疫力との闘いですね。菌に勝てれば1~2週間で退院出来るケド、菌が強かったらごめんなさい」 …と担当医に言われました。

今後の治療方針

経過観察しかない 退院からかれこれ半年が経ち、退院後は外来で2週間に1回の血小板と赤血球の輸血をしています。 そんなある日突然主治医から「今後の治療方針についてご家族の方とお話をしたいのですが…」と連絡があり病院へ行ってきました。

母 退院1か月

血小板またさがる… 退院して1ヶ月は調子良かったのですが、血液検査で血小板1.9まで下がり輸血。 前回の輸血(約2週間)後、血小板0.9まで下がり輸血。 調子良くきてたのに血小板だけが急激に減少してます。

母の退院後の様子

退院後の様子 退院6日後の血液検査結果 白血球 2.49 血小板 3.8 ヘモ グロビン9.4 緊急入院した頃よりは数値が上がってるらしいので安心しました。

母 退院

2回目の抗癌剤治療が終わり退院することになりました。 母の入院している病院はクリーンルームがナイので、ずっと個室で監禁状態です。 ビダーザ(抗癌剤)やってる時は部屋の外に出てお風呂まで歩いたりしていましたが、2回目の抗癌剤治療の時ははシャワー付き部屋なの…

脱毛とかゆみ 

副作用で頭皮のかゆみと脱毛が始まった(母) 抗癌剤終了1週間後くらいから頭皮にかゆみがではじめ、かゆみと共に脱毛がはじまりました。 クリーンルームの代わりに個室で監禁状態なため、抜け落ちた毛を集めては凹んでの日々が続き、薬のせいだとわかってい…

パーキンソン病

手足に力が入らない。 数ヶ月たったある日のこと、 「手が震える・手足に力が入らないんだ…」と珍しく訴えてきた父。

父親の様子

父親が体調を崩す 病院嫌い・薬嫌いな昔ながらの頑固爺。 出張中、体調を崩し自ら病院へ行ったらしい。 疲れがなかなかとれず、手足の軽いしびれやだるさ 軽い喉の痛み・・・

抗癌剤治療の経過

副作用の吐き気は1回目の全く効果のなかった抗癌剤の時と同ように「吐き気止め」を 点滴で入れてくれてたので、嘔吐することはありませんでした。 私が一番心配だったのはやはり発熱でした。 抗菌薬でなんとか下げてました。 血液の数値が低いので2種類の抗菌…

無事終了

無事に抗がん剤治療が終わりました。 抗がん剤と抗生物質で便がゆるく、3日間紙パンツを履いてましたが、整腸剤と、頓服の下痢止めで落ち着きました。母本人もホッとした様子です。やはり排泄に関してはいくら病人でも嫌なものだとつぶやいていました。

2回目の抗癌剤治療

2回目の抗がん剤治療。 「キロサイド」と「イダマイシン」という薬を70%に減らし、首から管を入れての点滴投与です。 投与2日目、朝から食欲不振・倦怠感。 日中は、赤血球と血小板の輸血をし、夕方から熱が38.5度まであがりました。 投与3日目、メロベン(抗…

治療方針変更

先日DrからCAG療法の説明を聞きましたが、違う抗がん剤治療をすると言われました。 元々、一時帰宅する時に ①経過観察 ②CAG療法 ③CAG療法よりチョットきつい抗がん剤治療 のどれにするか…と言われてて、母は③をやる覚悟で再入院しました。

骨髄注射

「骨髄異形成症候群」と診断されて3回、骨髄液を抜く骨髄注射をしました。 1回目は入院する前。名医の先生に「骨髄検査をします」と言われたものの実際処置に当たったのは若い専修医(のちの主治医)でした。 初めて会う先生+若い先生=不安 だったそうです…

次の治療方針

「ビダーザ」と言う骨髄異形成症候群には効果のある抗癌剤が全く効果がなかった母。 医師からは「このままなにもしないよりとにかく元気で体力があるので治療しましょう」と再度言われました。そして次の抗癌剤治療の説明を簡単に説明されたとき、母本人の前…

入院生活

母は初めての入院とあり緊張と不安、また初めての抗癌剤治療の恐怖など複雑な気持ちでいっぱいでした。私たち家族には「頑張る」と明るい表情を見せていながらも、一人になると「死」を考えてしまったり「まだまだ生きていたい」と言う気持ちとの葛藤だった…

はじめに・・・

私の母が「骨髄異形成症候群(MDS)」と診断されてから亡くなるまでの母の様子、 そして母が闘病生活を送っている間に癌と診断され亡くなるまでの父の様子、また介護(看病)する私の辛かったことや逃げ出したくなった事また介護を通じて学んだ体験談を赤裸…

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