父と母の闘病生活とわたし

父はがん・母は白血病で他界。闘病生活を送っている両親の気持ちや両親を支える(介護)する家族の実話

便が出てこない…

便秘が酷くお尻が痛くて座れない ある日友人と自宅でお茶のみをしていた母。 便秘が悪化し椅子に座っていられないくらい便が詰まってしまいました。 連絡を貰い実家へ駆けつける私。「お尻の穴のところで便が挟まっている感じがしていて何度か踏ん張るけど出…

皮膚がんなの?

膝の裏にできもの 左膝裏のちょっと下に大きなニキビのような赤くて硬いものが出来ました。母は「痛痒い」と言って主治医に相談。同じ病院内の皮膚科へ行くように言われました。 皮膚科に行くとなんなのかわからないので「ちょっと切って細胞を取りましょう…

良くなかった?肺炎球菌注射

肺炎球菌の予防接種をしたら腕が腫れ上がり発熱… 外来の日、主治医に「肺炎球菌はやったほうがいいですか?」と聞くと「もちろん」と言われ早速肺炎球菌注射をしました。

父の死後

便秘ギミからの腸炎で念のため5日間入院しました。 父の葬儀が終わり初七日を過ぎたとき便秘からの腹痛で病院へ連れて行きました。

「もう頑張らなくていいんだよ」の一言

父 逝ってしまう 泊まり込み2日目。 心電図モニターを見ていると血圧が異常に高い。217まで上がったり180くらいまで下がったりの繰り返しだった。また脈も少々乱れているのがなんだか気になった。 22時頃、姉から「どんな様子?」と私の携帯に電話…

突然血圧が下がった

下顎を動かしながら頑張って口呼吸している父 個室に移動してから日中は兄嫁、夜は私と兄(次男)が交代で24時間付き添うことにしました。

父 危篤状態

血圧が70まで下がり危険な状態です 「このままですともって2日」と余命宣告されました。

父の遺言

自分で気づいたのか色々話し始めました 父の父親(祖父)も胃がんで亡くなり、兄(長男)も癌で他界。兄(3男)も結構診断で胃がんが見つかり手術し今は元気に過ごしています。

介護疲れ

疲れから不満爆発。兄弟姉妹喧嘩勃発 母の病院では一切家族の手を借りず「これが私たちの仕事ですから」となにから何まで本当丁寧にそして優しく接してくれる看護師ばかりだが、父の病院の看護師は真逆。 「自分たちは少人数で忙しいから家族が付き添ってる…

父・母W入院

父が入院して2週間。兄嫁たちが疲れ出した 次男も自営業なので奥さんと交代で父の病院へ通っていました。 全身に癌が転移している父。足が痛いと訴えるので交代でひたすらマッサージを続けていました。 自分で寝返りが打つことが出来ないのと、ガリガリに痩…

W介護が始まった

初めての入院がなれない 4人部屋に入院。布団派の父は慣れないベット、同室の患者の物音やいびき、頻繁に出入りする看護師など落ち着かない空間になかなか慣れずにいました。

これまでの私 3

「降ろします」と即答した私 先生からは「堕胎された方が良いかと思います」と言われましたがあと1週間足らずで日数的に堕胎手術が出来なくなってしまう為決断を迫られました。

これまでの私 2

堕 胎 手 術 母が抗癌剤治療で入院したとき私には生後3ヶ月の子供がいました。 初めての入院・初めての抗癌剤治療とあり母はすごく不安を抱えていました。そんな母の様子を見て私自身心配な気持ちでいっぱいでした。

これまでの私

母のサポート。父の入院 私は姉・兄2人の4人兄弟、長男・長女は車で数時間かかる場所に住み、次男と私は実家からは歩いてすぐの場所に住んでいました。 母が骨髄異形成症候群と診断された頃は私自身認識がなく全くの他人事でしかありませんでした。「鼻血…

父 胃カメラの結果3

末期癌と診断されました 入院2日目に胃カメラ検査をしました。 カメラを口から入れスグ、喉から肉のラードのようなものが… それは胃まで続いていました。

父 緊急入院2

癌が見つかる 整形外科で血液検査をし帰宅。 翌日の昼間、整形外科から電話が入る。 「昨日の血液検査の結果、凄い数値が出ています。紹介状を書くので明日にでも 紹介状を持ち大きな病院へ行ってください」

父 妊婦のようなお腹 

母は相変わらず熱で入退院を繰り返していました。 熱も落ち着き入院することなく上手に生活していた頃、 父のやたらに膨れているお腹の異変に気づきました。

父の様子

異変に気づかなかった私 整形外科に月1で通っていた父。 先生に「真黒い便が出る」と何度か話したことがあったが 先生は「鉄剤(貧血の薬)を飲んでいるせいだろう」と言っていました。 私自身、妊娠中に鉄剤を服用し、その時は少々黒い便をしていましたの…

母 また入院

輸血の日で病院に行ったら37.9の微熱があり緊急入院しました。 「とにかく数値がみんな低いので本人の免疫力との闘いですね。菌に勝てれば1~2週間で退院出来るケド、菌が強かったらごめんなさい」 …と担当医に言われました。

今後の治療方針

経過観察しかない 退院からかれこれ半年が経ち、退院後は外来で2週間に1回の血小板と赤血球の輸血をしています。 そんなある日突然主治医から「今後の治療方針についてご家族の方とお話をしたいのですが…」と連絡があり病院へ行ってきました。

母 退院1か月

血小板またさがる… 退院して1ヶ月は調子良かったのですが、血液検査で血小板1.9まで下がり輸血。 前回の輸血(約2週間)後、血小板0.9まで下がり輸血。 調子良くきてたのに血小板だけが急激に減少してます。

母の退院後の様子

退院後の様子 退院6日後の血液検査結果 白血球 2.49 血小板 3.8 ヘモ グロビン9.4 緊急入院した頃よりは数値が上がってるらしいので安心しました。

母 退院

2回目の抗癌剤治療が終わり退院することになりました。 母の入院している病院はクリーンルームがナイので、ずっと個室で監禁状態です。 ビダーザ(抗癌剤)やってる時は部屋の外に出てお風呂まで歩いたりしていましたが、2回目の抗癌剤治療の時ははシャワー付き部屋なの…

脱毛とかゆみ 

副作用で頭皮のかゆみと脱毛が始まった(母) 抗癌剤終了1週間後くらいから頭皮にかゆみがではじめ、かゆみと共に脱毛がはじまりました。 クリーンルームの代わりに個室で監禁状態なため、抜け落ちた毛を集めては凹んでの日々が続き、薬のせいだとわかってい…

パーキンソン病

手足に力が入らない。 数ヶ月たったある日のこと、 「手が震える・手足に力が入らないんだ…」と珍しく訴えてきた父。

父親の様子

父親が体調を崩す 病院嫌い・薬嫌いな昔ながらの頑固爺。 出張中、体調を崩し自ら病院へ行ったらしい。 疲れがなかなかとれず、手足の軽いしびれやだるさ 軽い喉の痛み・・・

抗癌剤治療の経過

副作用の吐き気は1回目の全く効果のなかった抗癌剤の時と同ように「吐き気止め」を 点滴で入れてくれてたので、嘔吐することはありませんでした。 私が一番心配だったのはやはり発熱でした。 抗菌薬でなんとか下げてました。 血液の数値が低いので2種類の抗菌…

無事終了

無事に抗がん剤治療が終わりました。 抗がん剤と抗生物質で便がゆるく、3日間紙パンツを履いてましたが、整腸剤と、頓服の下痢止めで落ち着きました。母本人もホッとした様子です。やはり排泄に関してはいくら病人でも嫌なものだとつぶやいていました。

2回目の抗癌剤治療

2回目の抗がん剤治療。 「キロサイド」と「イダマイシン」という薬を70%に減らし、首から管を入れての点滴投与です。 投与2日目、朝から食欲不振・倦怠感。 日中は、赤血球と血小板の輸血をし、夕方から熱が38.5度まであがりました。 投与3日目、メロベン(抗…

治療方針変更

先日DrからCAG療法の説明を聞きましたが、違う抗がん剤治療をすると言われました。 元々、一時帰宅する時に ①経過観察 ②CAG療法 ③CAG療法よりチョットきつい抗がん剤治療 のどれにするか…と言われてて、母は③をやる覚悟で再入院しました。

骨髄注射

「骨髄異形成症候群」と診断されて3回、骨髄液を抜く骨髄注射をしました。 1回目は入院する前。名医の先生に「骨髄検査をします」と言われたものの実際処置に当たったのは若い専修医(のちの主治医)でした。 初めて会う先生+若い先生=不安 だったそうです…

次の治療方針

「ビダーザ」と言う骨髄異形成症候群には効果のある抗癌剤が全く効果がなかった母。 医師からは「このままなにもしないよりとにかく元気で体力があるので治療しましょう」と再度言われました。そして次の抗癌剤治療の説明を簡単に説明されたとき、母本人の前…

入院生活

母は初めての入院とあり緊張と不安、また初めての抗癌剤治療の恐怖など複雑な気持ちでいっぱいでした。私たち家族には「頑張る」と明るい表情を見せていながらも、一人になると「死」を考えてしまったり「まだまだ生きていたい」と言う気持ちとの葛藤だった…

はじめての入院

骨髄異形成症候群と診断され数値は相変わらず一般者より低い程度で穏やかに暮らし5年の月日が経ちました。 いつもと変わらず血液検査と診察。すると血小板だけでなく白血球の数値まで低くなっていました。 その後骨髄注射で骨髄を抜き検査。「芽球(がきゅ…

骨髄異形成症候群ってナニ?

母がこのあまり聞いたことのない病気と診断され「骨髄異形成症候群(MDS)」とは一体どんな病気なのだろう…と調べてみた。 骨髄異形成症候群(MDS)はその名のとおり、骨髄中の細胞に形態異常が生じるとともに、血球数の減少を来す病気です。

治験を断る

セカンドオピニオンで国立がんセンターに行き「ビダーザ」と言う骨異形成症候群に効果があると言われている抗がん剤治験を進められました。 治療入院は約1ヶ月。場所も自宅から遠く初めての入院ともあり本人の希望で断わってしまいました。

骨髄異形成症候群と診断

職場の健康診断の血液検査で「血小板が低すぎる」と病院での再検査するように言われ、血液内科の名医と言われる先生がいる市内の病院へ紹介されて行きました。 診察の結果「骨髄異形成症候群」と診断され、その後医師に言われた言葉

はじめに・・・

私の母が「骨髄異形成症候群(MDS)」と診断されてから亡くなるまでの母の様子、 そして母が闘病生活を送っている間に癌と診断され亡くなるまでの父の様子、また介護(看病)する私の辛かったことや逃げ出したくなった事また介護を通じて学んだ体験談を赤裸…

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