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父と母の闘病生活とわたし

父はがん・母は白血病で他界。闘病生活を送っている両親の気持ちや両親を支える(介護)する家族の実話

MDSと闘う母の闘病生活と私の介護~認知症と似ている「せん妄症」

酷い貧血でなかなか退院できない母がおかしくなった

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今回の入院は赤血球(Hb)の上がりがゆっくりで退院するには少々時間がかかっていました。いつものことですが母は長引いている入院から「もう死ぬのかしら…」と思い詰めていました。

 「赤血球がもう少し上がらないと退院出来ないんだって」と正直に説明しても父のときのように「隠してる」と私を疑っているところがありました。

 

そんなある日、病室で母の夕食が終わり話をしていると突然枕元に置いてあったタオルを綺麗にたたみ「ハイ!出来ました!」と満面な笑で私を見ました。

「何が?」と聞くとただニコニコし薄ら笑いをしていました。

わたしは????状態。

そのあと「ハイ!うどんを作ります!」と元気よく言い出しました。

私は「まさか?」なんて思いながらも「どこでうどんをつくるの?ここは病院だよ」と言った。母はなんだかすごく楽しそうな表情でまた「うどんを作ります」と言った。

私はとうとうボケてしまったとすごくショックで母のことを見て居られませんでした。

 

しばらくするといつもの母に戻り「今、こんなこと言ってたんだけど覚えてる?」と聞くが全く覚えておらず逆に「そんなこと言ってないよ」なんて言われました。

 

母の病室は個室を一応無菌室状態にしているため母は病室から出られません。その為、携帯電話での通話が許可されていました。毎日母が寝る前に私に電話をかけてきて私が帰った後の様子を報告してくれてました。

この日の夜は珍しく電話がなく、私からしても出ませんでした。なんか様子が可笑しいと感じ、病棟の看護師になにかあったか電話してみました。

 

母が認知症のような行動・言動をしてたことと、いつも電話をかけてくるのにかかってこない・出ない事が心配になり電話をしてしまったことを告げると、看護師さんから「実は…昨晩、点滴の針を自ら抜いて隣の病室の前で立っていたんです(徘徊)」「「どうしたの?」と聞くと困った顔をされていたのでご自分の病室がどこなのかわからなくなってしまったようです。腕とシーツが血だらけになっていたのですぐ処置をさせて頂きました」と話してくれました。

「ボケちゃんたんですか?」私は看護師さんに聞きました。「大丈夫ですよ。よくあることですから」と明るく答えてくれたのでちょっと複雑ではあったがホッとしました。

 

翌日、母の病室へ行くと母が「なんか私、最近変なのよ…ボケちゃったのかしら」なんて言い出しました。何が起きたのかはわからないみたいですが何か変なのは気づいたようです。私は母に隠さず一部始終を話しました。

そんな話をしていたら担当医が様子を見に来てくれました。その後担当医が時間を作ってくれて今回「認知症」のような症状について話をしてくれました。

 

医「ビックリしたでしょ(笑)よくあることだから心配しなくても大丈夫ですよ!」

私は昨晩の看護師さんも先生も「大丈夫」と言っていたけど一体何が大丈夫なのかよくわかりませんでした。

詳しく話を聞くと…

「せん妄症」と言って認知症のような行動・言動があるそうです。

年齢に関係なく大手術をされた方や入院が長引いてしまっている方などに多く出るらしく、精神的なもので一時的な症状なので環境が変われば治るそうです。

それを聞いてやっと安心しました。

 

それからも数日はせん妄症の症状が突然出たりしてましたが否定することなく母の言っていることに合わせていました。

高齢者で何度も続けての入院生活を送っている母。「今までせん妄症が出なかったこと自体が不思議です」と担当医に言われました。しかし年齢や精神面からこのまま認知症へと繋がってしまう事もなくはないので、 血液の数値もだいぶ安定してきたし、せん妄症もまだ軽い状態。担当医はもう少し入院して数値を上げたかったみたいですが母の負担と環境を考え入院1ヶ月で退院させてくれました。

 

退院から約3ヶ月、Hbも輸血前でも8・6あるくらいで、輸血を2週に1回にしようか主治医と話し合い中です。そこまで回復したんです。

あの時輸血を止めさせられていたら…

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