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父と母の闘病生活とわたし

父はがん・母は白血病で他界。闘病生活を送っている両親の気持ちや両親を支える(介護)する家族の実話

MDSと闘う母の闘病生活と私の介護~転倒~

闘病生活 闘病生活-白血病・骨髄異形成症候群・MDS 介護 介護-闘病

実家へ行くと母が倒れていた

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子供たちが夏休みに入り数日経ったある日。

朝食を済ませ、子供に宿題をやるように言ったがその日に限ってダラダラしていた我が子。なるべく早く実家へ行きたい私はイライラしていました。

 なんとか宿題が終わり気づくと午前11時。13時にはリハビリの先生が来るので急いで実家へ行きました。

母の上階に住む友人が毎朝安否確認をしつつゴミ出しをしてくれていました。なのでいつも私が行く時は鍵が開いていました。

実家へ行くと鍵がかかっていて「珍しいなぁ・・・」と思い鍵を開け中へ入ると、ベット横で母が倒れていてビックリ。何度か声かけると朦朧としていましたが「死んだと思った・・・」と母が一言。なんとか意識はありました。

 

 

何があったのか話を聞くと、 夜中の2時頃にトイレに行きベッドで水を飲もうとコップに水を入れベッドへ… 座り方が浅かったのか腰下ろしたらお尻がベッドまでいってなくそのまま転倒。 その後、力が入らず身動きもとれず、なんとかベッドから綿毛布を取り、倒れた状態で横になりウトウトしていたようです。

夜、次男がベットの上で母の足マッサージをしていました。その際、ベットの横についてる柵を外したらしく、帰宅する際に柵を元に戻し忘れていました。もしかしたら母は柵があるものと思い手をつこうとしたら、柵が無く転倒した可能性も考えられました。

次男本人も自分が柵を戻し忘れたせいだと思っており、そこを追求してしまうと次男はきっと自分を責め続けてしまうだろう。自分だったら悔やんでも悔やみきれない一生心の傷になると思い、どう転倒したのかハッキリした状況もわからないので、なるべくそこは触れないようにしました。

 

何処かにぶつけたのか、鼻の下、右のオデコに擦り傷、 鼻の下をぶつけたせいで唇の裏も歯が当たったのか血豆になっていました。

 

救急車を呼ぼうか悩みながらも、水をこぼしたのか失禁してしまったのかズボンが濡れていたのでとりあえず着替えさせてあげ、なんとかベットに寝かせました。そんなこんなしていたらリハビリの先生が来たので相談。

血圧186  心拍数101  熱39*1  意識も少しモウロウとしてる。

「熱中症気味かもしれません」その後、 水分補給をして様子を見ていたら血圧も熱も少し落ち着いてきました。

頭をぶつけていないか、身体の何処かぶつけていないか診て頂きましたが、骨折や強打したような箇所は見当たりませんでした。朝の薬も飲んでいなかったのでお昼に飲ませ1時間おきに血圧と熱を測り、母の様子を見ていました。

 

本人を含めビックリしたことが起きてしまったので気持ちを切り替えるためにも母の好きなご飯を皆で食べよう!と次男とその娘(高校生)が来ました。

母に何食べたいか尋ねると「すきやき」。

母はそんな量は食べませんが、元気になって欲しいとチョット奮発して食材を購入。

久しぶりにみんなでワイワイしながら食事しました。

 

夜の9時には血圧も140  心拍数86  熱37*0  と落ち着きました。

トイレに行く足取りも昼間は一歩出すのにフラフラしてましたが、夜はだいぶしっかりしたので少し安心。

 

この日は流石に独りにさせられないと思い、宿題をダラダラやっていた我が子と姪っ子がお泊りしながら看病してくれることになりました。

定期的な血圧測定・体温はもちろん、薬の時間やトイレに行く時の付き添い・朝食の準備など、2人で協力しながらやった様子でした。

少々不安はありましたが子供たちなりお婆ちゃんを気遣い「どうしたらいいか」を考え行動できたことは、子供たちの成長過程の中ではとても大きな経験になったと思います。

 

日に日に弱ってきてる現実を目の当たりにした今日。

正直「もぅ駄目かなぁ~っ」なんて思ったりしました。 母の最近の口癖は 「なんでこんなんなっちゃったんだろう…」 「こんなんじゃぁなかったのに…」と体力・筋力が低下しているので自分の思うように身体が動かせないのがすごく焦れったいみたいです。

 

 

 

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