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父と母の闘病生活とわたし

父はがん・母は白血病で他界。闘病生活を送っている両親の気持ちや両親を支える(介護)する家族の実話

MDSと闘う母の闘病生活と私の介護~再入院~

闘病生活 闘病生活-白血病・骨髄異形成症候群・MDS

エアコンで冷えて発熱。

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転倒した翌日、午前10時頃実家へ行くと母はまだ寝ていました。

 

真夏の猛暑が続いていました。母は入退院を繰り返しているので、体の負担を少なくするためにできるだけ病室と同じような温度に家もエアコン設定していました。しかし前日の深夜の転倒、水をこぼしたのか失禁したのかパジャマのズボンは濡れており、私が実家へ行った時はもちろんカーテンも締め切ってあり日差しが部屋に入ってないので、ひんやりしていました。自力で綿毛布を取ったようですが体にはかかってなかったので、そのせいでまた熱が出てしまったかもしれません。

血圧は安定していたものの熱が39*5度あり、やはり手足に力が入らず1人で立ち上がることも出来ませんでした。お泊りしていた姪っ子と我が子が夜トイレの付き添い等、母が目を覚ますたびに起き看病してくれていた様子でした。

 

熱のせいか意識もモウロウとしており、痰絡みの咳も出ているため、病院へ連れて行くことにしました。

まだ朝の薬を飲んでいなかったので「お粥」を作り少しでも食べるようにと渡しましたが、スプーンを自分の口に持っていくのがやっとな感じ。

「なんか今回はおかしいなぁ」と感じながらも、私がお粥を食べさせました。

自力で歩くのがやっとだった為、次男が母を背負い車へ移動。

 

病院へ着き診察を待っている間、外来輸血の時にお世話になっている看護師さんたちが「どうしたの~」なんて声をかけてくれました。

 

診断結果は肺炎。 新しく肺炎の影が出来ていました。

白血球100 CRP30

担当医に「今回はヤバイ感じがするんです」と話をしたら「正直私自身も未知の領域です」と言われました。 「こんなにも免疫力がナイ状態で毎回肺炎を乗り越えて退院してる事に対して 生命力の凄さ を実感させられています。お母さんの場合は本当まったく予測がつかないので…」と、余命宣告もされませんでした。

 

緊急入院となるといつも空いている病棟・病室を探したりして病室へ入るまでには2時間くらいかかることがありました。しかし今回はスムーズに病室へ入れ「珍しいな」なんて思っていたら、外来輸血でお世話になっている看護師さんたちが診察を待っていた母の病状などを聞き「きっと入院になるだろう」と入院の手続きをしていてくれたそうです(涙)。

 

本人は重病患者・高齢者といった感覚が全くナイのが良いのかもしれませんが、サポートする側としてはムリしたり、我慢してしまう事があるので悩み所ではあります。

ただ、少しずつではありますが「もぅそろそろなのかなぁ~」って母自身感じるようになり、それが不安や恐怖心となっている様子です。入院するとそんなことを考えてしまう時間が増えてしまうので、今回はカウンセラーさんを付けて頂くことになりました。

私自身、母の様子を見て今回はどぅ転ぶか… 退院出来る!って自信が正直ありませんでした。

 

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